「ふたりのロッテ」その3 1994年版_02

邦題「ふたりのロッテ」(国内公開1995)。
「愛のキューピットはふたごにおまかせ」
(公開当時の宣伝文句)
原題「Charlie & Louise-Das doppelte Lottchen」(1994)
直訳「 チャーリー&ルイーズ-ふたりのロッテ 」
もう何回目かナ?
今回3度観たので、7回目?
そして毎回の様に涙腺崩壊・・・
いやいや、見落としていた部分多かったです。
吹き替え版ですが、セリフでも多く語られていました。
父と母が再び歩み寄る事について。
母と父は、愛し合っていたのに別れた~との事。
それぞれ父の仕事・年若い母の学業(学資習得の為)が
多忙となり、言い争いが多くなって、お互いの為に
分かれた方が良いとの結論に至った様。
でも、2人とも子供に対する思いは深く、仕方なく
それぞれ一人ずつ連れ子とした―
(親側の勝手な都合)
それを前提として、分かりずらい進行。
愛し合っているのなら、再び歩み寄れば良いのに~の話。
2人の娘さんは9?10才(だったかな)。
父も母も、それぞれこの先を考えている相手が居るものの
ここ10年ぐらいは独身。
やっぱり、双方への愛は冷めてはいなかったのかもしれない。
思いながらずるずるしていた可能性もありそう。
父の方は、ルイーズの返答に”自分が悪かった”と短い言葉
を話しただけ。
でも、2人が生まれた頃に撮った家族写真を身近な場所に
置いていたし、今の相手が離れる事も躊躇しない。
さらに、仕事がヤバい事になっている事も有って、感情の深さ
も読めない。
自分を責めて、自分だけの問題としている風。
これは、今作では生活力の立場の逆転劇上での演出でも有りそう。
生活上での自信の無さも加味されているかもしれない。
母の方は、表情や行動でなんとな~く読める。
多分、これがヒント。
相手からの問いの返事を何度も先延ばしにして、最後は
”ごめんなさい”。
そして、久しぶりに娘と一緒にお父さんと会う時のいたずら
っぽい表情と仕草。
USA版では文字通り可愛い母でしたが、こちらの母親は凛とし
た硬さは感じるけれど、子供の為にタバコも止めた様だし、
ボートを漕いているシーンとかでも感じられる子供思いの
可愛いらしい人。
(この時のチャーリーのイタズラはやりすぎだと思いますヨ)
それでも、最後の場面になるまで双方の行動は鈍い。
2人の娘を母に預ける事にして、身を引いた父 (注1)。
列車に乗り込み、乗車前にチャーリーから渡されたメモを読む。
そこには、父が大切にしている(訓)言葉が書かれている。
「Es gibt Momente im Leben, da muss man die Notbremse ziehen」
「人生には非常ブレーキを引かなければならない瞬間がある!」
(wikipediaから)
文字通りに列車の緊急ブレーキを止め降りて走り戻って来る父。
この、<人生>が入っている父が大切にしている言葉は、
実は昔の離婚時の、自分への戒めだったのかもしれない。
作品の初めに裁判の話を持って来たのは、サインを書く事を
止める事=ブレーキをかければ良かったとの後悔。
そういう初めと終わりの ”対” の意味合いだとしたらすっきりする。
先の灯台の一件で、身を持って家族の大切さを頭と心に刻んだ父は、
訓の本当の意味を思い出し、同じ後悔をしない、生活力の差など
考えなく戻って来た。
母も自分の作り上げた曲=才能を認めてくれたではないか!
一方、母の方。
こちらも一目瞭然。
娘2人が父に向って走って来るのは良。
母は?これが答え。
年下の母は、言葉言わずに父からの行動を待っていたかも
しれないし、父と同じ様に、離婚を決めた自分を責め続けて
いたのかもしれない。
その後のセリフも無い、最後の場面の動きからもいろいろ
想像できる。
今作では立場の逆転上、強い男的な表現は最低限に抑えられ
ているので、遠回り的な分かりずらい演出。(注2
さらに、男女間の微妙なドイツ人気質も判りません。
でも、この最後の場面が答えその物なのだから。
バックに流れるサントラの曲名。
「Together Again 」=もう一度一緒に(直訳)
最後にこの様なナレーションが入る(ケストナーさん?)。
この作品、子供2人の入れ替えのドタバタ描写だけではなく、
彼女たちの行動の結果が大人の都合で別れた家族が再び組み戻る
ハッピーエンドでも有る事も忘れてはいけない。
そして、「Charlie & Louise」の曲も、2人を称えるだけで
はなく、両親も一緒に居た幸せな生活、4人の曲でも有ると思う。
灯台で、2人を救出し4人が一緒になった時にも流れたし、
2人を愛し、歌い上げるのは両親側なのだから。
今回も自己流解釈。
原作や本編をまるごと覚えている訳でも無いので、読み違えも
多いかもしれませんが、こんな感じに自分に都合よく解釈して、
自分の宝物的な作品にしてしまうのも良いかと思う。
解釈は人それぞれですからね。
一度、娘2人の成り行きを見、その後、彼女一人一人、
そして次に、父・母の立場になって注視。
こんな感じに子供・親目線で5回以上見ると、作品の奥深さも
感じて来ると思います。
もう、30年も前の作品に何度も涙するって、映画って良い物ですね。
名作と言うほど作り込まれている作品って訳でもないと思うけれど良作
には変わりは無いと思います。
でも、上の様に都合の良い解釈で補強されると、自分にとっては名作と
言って良いかもしれないです。
(注1)
4人が集うレストラン、その後の母の家。
娘たちと父母が向かい合って話している場面。
娘たちの希望通りには行かない事を母がとつとつと説明しているシーンが
有りますが、その横の父の表情に注目!
生活力の差(部屋の内部とか)を見せつけられた上、母の説明を真に
受けている父でもある。
立場上、身を引くしかない・・・か・・
(~こんな解釈もできる)
(注2
この辺りの表現、”強い男”が定番のUSA版と比べると、お国柄も感じます。
Charlie と Louiseを演じた双子さん。
今はお孫さんに囲まれて、姉妹仲良く一緒に暮らしている
との事です。

